旅愁鉄道

旅愁漂う鉄道!国鉄及びJRについて語ります。

ED70登場!

ED70は、昭和32年10月1日のダイヤ改正で、北陸本線田村~敦賀間に、我が国初の量産型交流電気機関車としてデビューしました。ED70は、当時仙山線で試験運転した試作機ED45の1号機をベースに大容量・大出力化したもので、駆動方式はクイル式を、整流器は水冷式イグナイトロン水銀整流器を採用しています。製造当初は重連運転を考慮していましたが、空気関係の引き通しが無いなどのために、あまり重連運転をすることが無く、後の電気暖房化時に重連総括制御用ジャンパ栓は撤去されてしまいました。製造両数は19両で全車、三菱電機・新三菱重工で製造されました。ED70は、試作要素が強く多くの機器トラブルに悩まされたにもかかわらず、昭和50年の全車廃車となるまでに、北陸本線田村~糸魚川間で、急行「つるぎ」「立山」「白山」「能登」「越前」「日本海」「北陸」「きたぐに」を牽引し、大活躍しました。

f:id:jnron1991:20180519144543j:plain

 

 

 

C62北海道仕様登場!

C62は、我が国最大の旅客用蒸気機関車で、戦後余剰となっていた貨物用蒸気機関車D52のボイラーを転用して昭和23年に生まれました。そのボイラーを載せるために我が国最高の重心高、我が国初の2軸従台車、南満州鉄道・朝鮮鉄道で実績があったが国内初の自動給炭機が、C62三大特徴でした。昭和25年から昭和31年まで特急「つばめ」「はと」を牽引しました。その間2号機のデフレクタにステンレス製の「つばめ」マークが取り付けられ、後に「スワローエンゼル」と呼ばれるようになりました。昭和31年から翌年にかけて、2号機・3号機を含む7両のC62が北海道小樽築港機関区に渡りました。そして、苗穂工場で52項目にわたる北海道仕様の耐寒耐雪改造を行いました。外見として目立つのは、前照灯のLP403への交換と予備灯LP405の取り付け、前方旋回窓の取り付け、側窓のバタフライスクリーンの取り付け、北海道タイプのタブレットキャッチャの取り付け、重油併燃装置の取り付け、煙突への回転式火粉止めの取り付け、清缶剤箱の撤去、等です。北海道では、急行「大雪」「あかしや」「まりも」「ていね」「ニセコ」を牽引しました。このうち、Nゲージ既製品で再現できるのは、急行「ニセコ」のみです。運用は昭和45年10月1日のダイヤ改正から昭和46年9月15日までです。

 

函館発(函館本線経由)札幌行下り「ニセコ3号」(103レ)

(函館方)マニ36+マニ60+オユ10+マニ60+スハフ44+スロ62-500+スハ45+スハ45+スハ45+スハ45+スハフ44

 

札幌発(函館本線経由)函館行上り「ニセコ1号」(104レ)

(函館方)オユ10+スユ13+スハフ44+スロ62-500+スハ45+スハ45+スハ45+スハ45+スハフ44

 

(牽引区間)函館~C62~長万部~C62重連~小樽~ED76-500~札幌

 

ただし、長万部~小樽間においてはC62運用の最終日を含めて度々3重連で運用されることがありました。

f:id:jnron1991:20180518160334j:plain

 

 

181系特急「とき」「あずさ」登場!

181系電車の車体基本構造は151・161系と同じですが、主電動機のMT54・戻しノッチ・勾配抑速発電ブレーキを採用したほか、上越中央東線用車は、耐寒耐雪装備となっています。181系特急「とき」は、昭和39年に9両編成でデビューし、昭和41年12月12日、181系特急「あずさ」が誕生し、特急「とき」と10両編成の共通運用となります。。昭和48年10月1日のダイヤ改正で特急「とき」と特急「あずさ」の運用を分離します。昭和50年10月1日のダイヤ改正で特急「とき」は、12両編成に増強されます。しかし、昭和53年7月18日から順次、食堂車が外されていきます。そして、昭和57年11月15日のダイヤ改正で、最後まで残っていた181系特急「とき」は、全車運用を離脱・一部を除いて全車廃車となりました。

以下にNゲージで再現可能な編成を示します。

 

特急「とき」「あずさ」の昭和41年12月12日から昭和48年9月30日までの共通運用。

新潟~上野間及び新宿~松本間

(新潟・新宿方)クハ181+モハ181+モハ180+モハ181+モハ180+サシ181+サハ181+モロ180+モロ181+クハ181

 

特急「とき」の昭和50年10月1日から昭和53年7月18日までの運用。

新潟~上野間

(新潟方)クハ181+モハ181+モハ180+モハ181+モハ180+サシ181+モロ180+モロ181+サハ181+モハ181+モハ180+クハ181

 

 特急「とき」の昭和53年10月2日から昭和57年11月14日までの運用。

新潟~上野間

(新潟方)クハ181+モハ181+モハ180+モハ181+モハ180+サロ181+サロ181-1000+モハ181+モハ180+モハ181+モハ180+クハ181

 

f:id:jnron1991:20180518042047j:plain

 

 

583系急行「きたぐに」国鉄色登場!

583系電車は、世界初の寝台・座席兼用として昭和42年に登場した581系電車の50/60Hz両用の3電源方式の採用と床下機器の耐寒耐雪構造としたもので、主回路機器は485系と共通化が図られています。急行「きたぐに」大阪~新潟間で運用開始されたのは昭和60年3月14日からです。この時にA寝台車がサロネ581が誕生し、B寝台車・グリーン車指定席・普通車自由席と設定され、583系の特色を最大限に生かした編成となっています。運用開始された当初は12両編成の国鉄色でしたが、昭和61年11月1日から模型の10両編成となり、平成4年頃から塗装変更となりました。平成24年3月17日に惜しくも急行「きたぐに」は廃止となりました。TOMIXの当セットの編成を以下に示します。

大阪~新潟間

(大阪方)クハネ581+モハネ582+モハネ583+モハネ582+モハネ583+サロ581+サロネ581+モハネ582+モハネ583+クハネ581

f:id:jnron1991:20180518005744j:plain

 

165系急行「アルプス」登場!

165系は、153系に替わる山岳積雪寒冷地向けの直流急行形電車です。基本設計は153系を踏襲し、特急用台車のDT32・TR69、高出力のMT54主電動機、力行時のノッチ戻し機構、急勾配を下る際の勾配抑速発電ブレーキ、床下機器の耐寒耐雪構造を採用した画期的な電車です。上越中央東線及び山陽セノハチ越え用として昭和38年にデビューしました。急行「アルプス」の運用は昭和40年7月1日からで、模型の編成になったのは同年10月26日から11月30日にかけてです。ビュッフエが営業開始したのは同年12月1日からです。冷房取り付けは昭和44年5月から昭和47年4月にかけて行われました。模型の編成は昭和57年11月14日まで運用されました。ちなみに、モハ164は、中央東・身延線専用の低屋根800番台です。

 

JR東日本新幹線戦略!その7「新幹線車内のトイレをすべてシャワー式に」

今では、新幹線は飛行機よりも乗車料金が高い乗り物となりつつあります。それでも、新幹線を選んでいただけるのは、交通が便利だから、シートピッチが広いからなどが上げられると思います。基本的に車窓を楽しむために新幹線に乗車しているお客様は皆無で、やはり座席がゆったりしているから、トイレがゆったりしているからの理由で乗車されているお客様が大半ではないでしょうか。もはや、新幹線のコンセプトは乗り物ではなく、高級ホテルのロビーでくつろいでいるというものとして、とらえるのが一般的ではないでしょうか。そのトイレがシャワー式ではないというのは、計り知れないサービス低下だと言えます。どうか、新幹線車内のトイレをすべてシャワー式に!

JR東日本新幹線戦略!その6「新幹線車両の出入口付近の車内にキャリーバッグ専用の荷物置き場を」

現在、新幹線を利用するにあたり、キャリーバッグの置き場所が問題となっています。網棚に載せるには、棚が小さ過ぎて載せることが出来ず、渋々足の前に置いている場面が所々で見受けられます。飛行機は搭乗する前に預ければいいし、高速バスはトランクルームがありますし、新幹線だけが置き場所に問題となっています。これでは、せっかくシートピッチを広げても意味がありません。座席をつぶしてでも、車両の出入口付近の車内にキャリーバッグ専用の荷物置き場を設置する必要があります。この荷物置き場が無いことで、新幹線ではなくて、飛行機や高速バスを選択しているお客様がどれだけ多いことでしょうか。どうか、新幹線車両の出入口付近の車内にキャリーバッグ専用の荷物置き場を!